フォトギャラリー

個人的な創作活動で撮った写真を随時アップしますので、お楽しみください。
常日頃の作家活動の中からインスピレーションを求め、ひいてはトータル的なスキルアップに継げることを主眼としています。2014年4月 ALL ANGYA ASIA 刊行

▼アジア編1  ▼アジア編2  ▼アジア編3  ▼アジア編4  ▼アジア編5   ▼ヨーロッパ編1
▼ヨーロッパ編2  ▼モロッコ編

ALL ANGYA ASIA

インド

4以前インドを旅したときに、折に触れ出会ったシーンをカメラに納めてみました。ご鑑賞いただけたら幸いです。写真はアンベール城のステンドグラス越に差し込む陽光2お釈迦様が悟りを開いた地ブッダガヤでの情景。ネーランジャ川の畔では長閑で、しかも壮大な田園風景がどこまでも広がります。
南インド、チェンナイのマリーナビーチでの一コマ。聖なる牛の体についた寄生虫を海で洗い流しているところとお見受けしました。8同じく南インドのコチンというところのチャイニーズフィッシングネット漁。夕日にネットが映えてとても幻想的に思えました。18
555インド最大の聖地バナラシ。ヒンドュー教ではここで荼毘に付されると輪廻転生から解脱できると信じられている。

「死者の目は太陽に、息は風になる。」
777何らかの理由で荼毘に付されなかった骸は母なる大河ガンジスに抱かれ自然へと還っていく。背後の雲間からの陽光は昇天を暗喩したものか?
聖なる河ガンジスで沐浴をすれば、今までの罪が全て洗い流されるいわれる。業(カルマ)の業なるかな9マニカルニカ・ガートで死者は荼毘に付される。この時死体焼き職人は私に言った。焼かれる時の匂いで死者が生前何を好物にしていたかがわかると・・・222
4444インド北部ウダイプルでの一コマ。湖上に浮かぶ廟がより一層神秘さを醸し出している。予断ですが映画007のロケ地にもなったそうです。33ブバネーシュワルという町の鍛冶職人。インドにはジャーティーという職業のカーストが存在する。彼らはそんな階層社会の中で精一杯生きている。
東インド、プリーの漁村。漁の無事を祈る親子。この写真を撮ってかれこれ20年。この子らもきっと一人前の漁師になっているにちがいない。gallery_yoko06かつては砂漠の中の要塞都市であったジャイサルメールでのスナップショット。40℃の気温な中、屈託のない笑顔が一服の清涼剤となります。1
gallery_yoko07ジョドプールは別名ブルーシティと呼ばれている。因みにインドの神シバの肌の色に肖ってのことらしい。だが私見として暑いところ故、色彩に涼を求めたと考えたい。11インド象はでかい。とにかくでかい。居丈高である。因みにシバ神の子ガネーシャ(学問、商売の神)の顔は象に挿げ変わっている。
ハヌマン・ラングールの親子。インドでは猿の神ハヌマンはここからきています。こんなところにもインドの懐の深さを感じずにはおれません。10インドの主食はいわゆるカレー。正確にはいろんなスパイスを調合したマサラーを自分の好みで掛け合わせたものをライスにからめる料理のことを言います。16
13a安宿での一コマ。イタズラ猿が虎視眈々と獲物?を狙っています。油断も隙もあったものではないが、少し笑えてくる。2a北インドの高地マナリーで見かけた愛犬をあやす少女。どこの国でもペットを可愛がるのは一緒です。
インド北部の秘境小チベット・ラダックの僧院ゴンパ。標高3650mの高地で半ば高山症状を訴えながら訪ねていく。444ヒンドュー教徒にとって聖地での祈りは至上のものであり、何にも代えがたい行為である。そこには他者が容易に介入できない、崇高さがある。14

パプア・ニューギニア

p1パプア・ニューギニアの祭シンシン。年に1度部族の威信を懸けて踊り明かす奇祭。いきなりフリ族の大胸筋の砲列の歓迎を受ける。p8祭りも佳境にさしかかり、各々の霧散していた自我がこの時とばかり1点に凝縮し迸る。そのエネルギーたるや凄まじい。
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p15p9p14このド派手なメイクは極楽鳥からインスピレーションを得ているらしい。頭の装束に昆虫のカナブンが埋め込まれているのがお分かりいただけるだろうか?
p12アサロ族のマッド(泥)マン。体格に劣る種族のため、攻撃を受けると泥の中にもぐったところからこの名がついた。この不気味な風貌も威嚇するのに一役かったことだろう。uuu現代の彼らの日常は我々とさほど変わらない。家へ帰ればいいお父さんであり、一家の大黒柱なのである。
p10p11hhhttt

 モンゴル

2悠久の大地モンゴルへ行ってかれこれ20年余り。当時に思いを馳せて写真を何点か公開します。1遊牧民の家族の記念写真を撮ってあげた。彼らには現住所なるものは存在しないのでポラロイドカメラで撮影し、その場で渡したら、いたく感激してくれた。
6ゴビ砂漠、この茫漠とした大地で暮らす人たちに、何かしら畏敬の念を抱くのは厳しい自然の中で生き抜いてきた彼らの人間力ゆえと観た。3遊牧の民として生まれた双子の兄弟。彼らも今では馬の背に跨りモンゴル平原を駆け巡っているのかもしれない。
4この深く刻まれた皺から、この地での過酷ともいえる暮らしの一端を窺うことができる。7ガイドはこの近くにイヨリンアム砂丘というのがあるが行ってみるかと誘ってきた。バスでいくこと3時間。そこはもう中国との国境にほどないところであった。
5今もこうやって駆け抜けているであろう蒼き狼の末裔に私はこころから敬意を表する。8首都ウランバートルで出会ったモンゴルの女性。膀を赤らめ恥らう姿の中に凜とした美しさを垣間見る。

ミャンマー

11111ビルマ仏教の聖地ゴールデンテンプルことチャイティーヨーを参拝。いまにも転げ落ちそうで落ちない、これもご利益の賜物といったところか。2222寺院の回廊を歩いてくる一人の僧侶。完全なパースペクティブという規律の中、穏やかで清浄な時間が流れる。
1056首都ヤンゴンの郊外バゴーのチャイプーンパゴダの修復作業中の一コマ。巨大な座仏の前では人はあまりにもちっぽけな存在でしかないことを体現している。children1チャンターという村で物売りの少年と出会う。少年というにはあまりにも幼いこの子の異邦人を見る訝しげな表情に、その背景にある状況を推し量ってしまう。
men大八車が轍にとられ立ち往生しているところを手助けしたら、お礼に村へ案内されたときのワンショット。飾らない夫婦の仲睦ましさがやけに印象的だった。children2ホッペにタナカという日焼け止めの香料をたたえた可愛いお嬢ちゃんに出会う。この写真から十数年、今では愛らしい娘さんに成長していることだろう。
ushiroシュエダゴン・パゴダでの一コマ。瞑想する僧侶のシルエットに敬虔で何事にもとらわれない不動心を感じずにはいられない。1067パゴダでの夕景。黄金色の寺院が紫色の背景に映えて場所が場所だけに同じ夕景でも神々しさをもって輝いているように観える。